語りの部屋

2025.12.07

平生町立佐賀小学校の平和学習

11月18日、山口県の平生町立佐賀小学校で『【コープ山口 周東地域】戦後80年企画~平和ってどんなこと? みんなで一緒に考えてみよう~』という企画が行われ、19名の生徒さんがお話を聞かれました。

 

今回は「原爆の子の像 語り部の会」の石津敦子さんにお話していただきました。平生町は石津さんの地元で「地元でもこのお話を語り継いでいきたい」という思いを持っていらっしゃったので、今回の講和が実現しました。

 

生徒さんの人数分折り鶴ノートをお渡しし、お話の最後に折り鶴ノートのご紹介もしていただきました。

 

子どもたちからの感想文が届きましたのでその一部をご紹介いたします。

<感想文>(一部抜粋)

『今日は戦争の時ではなく戦後の話を聞き、戦争の時はもちろん苦しかったと思うけれど戦後も苦しくて、禎子さんのように後から病気になり大変な方もいるんだなと思いました。友達の登美子さん達も禎子さんのためにお見舞いに行ったり、亡くなった後は原爆の子の像をつくるためにたくさんのお金を集めたりしてがんばっていて強いきずなを感じました。原爆はやっている時もその後も、人々を傷つけ続けているので、改めて恐ろしいと思いました。』

 

『禎子さんの存在は知っていたけれど、小さい頃はどんな人だったかや、同じクラスの人はどんな子だったのかが分かって、戦争についてまた1つの知識が増えました。私たちのクラスも仲は良いけれど、1人のためにこんなに全員で協力するなんてどれだけ仲が良かったのだろうと思いました。(中略)今回の話を聞いて、1人1人の力は少ないけれど、6年竹組のように団結してみんなで仲良くすれば、多くの人の心を動かせると思いました。話すことも大切だけれど、物を残さないとこれから語り部の人がどんどん減っていくので、文にするなどしていけたらいいなと思いました。』

 

『今日のお話で分かったことは、戦争は恐ろしいことと、この原爆のことが外国にも知られていることが分かりました。聞いてみて思ったことは、平和というものをつくるのにとても時間がかかるということです。また「生きている」ということが平和だと思いました。』

 

私への質問をいただいておりますので、こちらでお答えしたいと思います。

【質問】

Q. 南方からの引揚者とはどんな人ですか?

A. 東南アジアや太平洋諸島などの旧日本占領地・植民地から日本本土へ帰国した軍人や民間人の人のことです。

 

Q. 禎ちゃんは、紫色の斑点以外にはどんな症状があったのですか?

A. 運動会で優勝した後、風邪をきっかけに首や耳の後ろにしこりができて、次第に顔がおたふく風邪のように腫れてきました。その後、白血病と診断されて入院するのですが、元々痩せ気味だった禎ちゃんは、みるみる痩せていきました。

ただ、気遣いのできる禎ちゃんは、私たちに心配させまいという優しさから、苦しいところをみせなかったので、他の症状は私達にはわかりませんでした。

恐らくいろんな症状が出ていたので、本当なら「しんどい」とみんなに話したくなると思いますが、禎ちゃんは一切そのようなそぶりは見せませんでした。

私たちがお見舞いに行って騒ぐのを同室の人に気を遣って「屋上に行こう」とそっと連れ出す、そんな気遣いのできる子でした。

 

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お話いただいた石津さんから当日の感想いただきましたので、ご紹介いたします。

【石津さんからの感想】

子どもたちは、きらきらした目で私のことを一心に見つめてくれる子、また気になったところをメモしながら聞いてくれる子など、みんなが真剣に聞いてくれている姿勢がとても嬉しっかったです。

「山口で語りをしたい!!」という思いが実現できたのは、私の親友が動いてくれて「コープやまぐち地域組合員」の方々の協力があったからです。有り難いです。

 

▼コープやまぐち地域組合員の皆様と石津さん(左から2番目)