語りの部屋

2026.8.22

中筋小学校の教職員平和研修

8月6日に伺った講和3つ目は、中筋小学校で行われた教職員平和研修です。

中筋小学校の教職員の方々38名に、お話を聞いていただきました。

 

こちらは「原爆の子の像 語り部の会」の高村知代美さんにお話をしていただきました。

今回私も同席させていただいたので、伝承終了後「折鶴ノートプロジェクト」についてお話させていただきました。

平和公園に捧げられる折り鶴を再生しノートとして無償配布している活動であることや、皆さんからの寄付により運営されていることなどについてお伝えさせていただきました。

「折り鶴ノートプロジェクト」ついてはこちら

 

講和後、校長先生から「書籍や資料からの知識は豊富であっても、体験された事を直接対面で生の声を聞くことがいかに大切であるか」ということをお話されていました。

 

当日教職員の方からいただいた感想をご紹介いたします。

【教職員の方の感想】

『「運動場の真中に大きな穴が掘られ、亡くなっていく人達を、まるで枯れ木のように投げ入れ焼いていく」の箇所が心に残っています。』

 

『祖母が被爆しており自分は被爆三世だけれど話をあまり聞く機会がなかったことを悔いているが、今日は生の声で話を聞かせて頂き良かった。』

 

『「何もしてあげられなかった」という言葉が印象深く残っています。

ただ戦争に巻き込まれただけなのに戦後も残った人々は苦しみ続けている、それが戦争なのだと感じました。そして今も世界でそれが繰り返されてそんな人々がいるのだと思います。』

 

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また、当日質問があった内容について、ご紹介させていただきます。

【質問】

Q. 当時の小学校の様子と小学校時代の思い出を教えてもらいたいです。

A. 当時の幟町小学校は、1学年6クラス、1クラス約60名というマンモス校でした。4年生でクラス替えがあり、その後は基本的に先生も生徒も持ち上がっていくのですが、私たちの竹組だけは、1年ごとに担任の先生が変わっていました。それほど、まとまりのないクラスだったのだと思います。

 6年生の時に担任だった野村先生からは、よく「まるで戦国時代の組じゃ」と言われていました。実際、クラスには大将のような存在が6~7人いて、それぞれに取り巻きがいて、何かあるたびに対立していました。今振り返ってみても、かなり個性の強いクラスだったと思います。

 そんなクラスをまとめるために、野村先生はいろいろと工夫されていたのだと思います。特に、私たちのような難しいクラスには、ただ自由に遊ばせるだけではなく、みんなで一つのことに取り組ませることが必要だったのではないでしょうか。

 そんな中で、ちょうど春の運動会で私たちの組がビリになったこともあり、「それならリレーをやろう」ということになりました。結果的には、それがクラスを一つにまとめるきっかけになったのだと思います。ほとんどの子が賛成して、みんなで一生懸命練習するようになりました。

 そして、一番印象に残っている思い出は、やはり秋の運動会です。

春の運動会ではビリだった私たちが、秋の運動会のリレーでは、なんと半周以上もの差をつけて優勝することができました。

 あれだけまとまりのなかったクラスが、一つの目標に向かってみんなで練習し、最後には大きな結果を出せた。その経験は、今でも私の小学校時代の一番の思い出として残っています。

 

 

Q. 教師として子供たちに繋いでいくのだけれど、どうしても本や資料などを中心に学びがちです。ご自身はどういう視点で、どういう言葉で、どういう想いを繋いでいきたいですか?

A. 私は、私自身が小学校や中学校時代に実際に体験したことを、できるだけありのままに話していきたいと思っています。

 自分自身の体験を通して、「団結や継続」の大切さ、そして最終的には「命の尊さ」について、子どもたちに感じてもらえたらと思っています。

 私の体験を聞いた子どもたちが、「自分だったらどうするだろう」「自分には何ができるだろう」と考えるきっかけになってくれれば、それが一番うれしいことだと思っています。

 そして、私が子どもたちに伝えたい大切な言葉の一つに、「みんな違って、みんないい」という言葉があります。

 これは、山口県出身の詩人・金子みすゞさんの「私と小鳥と鈴と」という詩の中にある言葉です。私はこの言葉を、子どもたちに話す機会がよくあります。

 人は、それぞれ考え方も違えば、性格も違います。髪の色や肌の色など、さまざまな違いもあります。そうした違いを「自分と違うから」と否定するのではなく、お互いに認め合うことが大切なのだと思います。

 争いや対立が起こるのは、相手の意見や違いを受け入れられないことから始まるのではないでしょうか。

 だからこそ、相手の話に耳を傾け、「自分とは違うけれど、そういう考え方もある」と認めることが、平和につながっていくのだと思います。

 私は、自分自身の体験と、そこから感じたことを子どもたちに伝えながら、一人ひとりが違うことを認め合い、相手を思いやることの大切さを繋いでいきたいと思っています。

 そして、私の話を聞いた子どもたちが、それぞれの立場で「自分に何ができるのか」を考え、次の世代へ何かを繋いでいってくれれば、それが私にとって一番うれしいことです。

 

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お話をしていただいた高村さんから感想をいただきましたので、ご紹介いたします。

 

【高村さんからの感想】

新バージョンのパワーポイント映像を用いた初めての伝承で少し緊張しました。

伝承前、担当の先生が「原爆の子の像」に関する講話体験があるかどうかを尋ねられましたが、聞いたことがない先生方がほとんどであったことに驚かされました。

伝承終了後、生の声で回答が聞けることの貴重さをお伝えしました。

すると、その感想や質問内容には、やはり教師として児童たちへどのように繋いでいくかを日々模索されている姿勢が伺えました。

 

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語り部の会ができたことで、8月6日に同時に多くの方に語りつぐことができ嬉しく思います。